精神科学教室 医局員の声

きみあきの休み時間7th 1984年のビーンボール

2016.10.31

1984年の秋の日、小学生の私は、家の壁を相手に毎日100球の投げ込みをしている。速い。私のストレートは、野球部の連中にも通用するのじゃないか、と思うようになった。速い。たぶん、自分の球は速い。この前なぞ遠投の陸上代表にも選ばれた。強肩。自分で思うほど愚図ってわけでもなさそうだ。野球部の先生にお願いしたら、特別に投げさせてやる、と言われた。やった、と思った。同時に、舐めていやがる、とも思った。見るがいい、野球部ども。念願のマウンド上で 、しかし私は両耳まで心臓になったと思うくらいに緊張し、何だかふわふわしてしまった。一人目、四球。野次られた。動揺した。二人目、ライト前にクリーンヒット。ここで降板となった。早い。お前は格好だけだ、と先生になじられた。家に帰るとテレビは日本シリーズ第6戦を映し出していた。真っ赤なグラブに白いボールが吸い込まれ、音をたてる。ただそれだけのことが幼い私の胸を打つから、日本シリーズは昼間にやれ。ジョン・レノンの回想。《どんなことだって、複雑なんだ。ボールの縫い目がくっきり見えた。硬式ボールの縫い目ってのは全部でおよそ108個あるんだが、日本じゃ煩悩の数を表すんだってね。ヨーコが教えてくれた。ベリーグッド。ともかく、悲鳴が聞こえた。気がついたら担架に乗せられていた。空を見ていた。と言いたいところだが、ホンマのところ、眩しくって、目を開けておられんかった。あの太陽の向こうには、僕たちの知らない世界がある。素敵じゃないか。野球。ベースボール。何もしない。バントしたり、塁を盗んだり、ブーマーを内角攻めにしたり、そんな地上とは無縁の世界があるんじゃないかって。そんなことを考えていた。》1回の表である。広島カープの先発、川口の話。《インハイの真っ直ぐ。ビーンボール? まさか。自分から当たりに行ったとしか思えない。》あれから32年。

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