精神科学教室 医局員の声

きみあきの休み時間13th 断片、あるいはジョン・レノンの作曲法

2017.08.04

7/25、部屋の掃除。ノートの一端を拾う。こう記してあった。『北大の文学部に憧れていた私は、勉強は駄目、スポーツも駄目で、浪人して、札幌の予備校に通いましたが、しかし一日でやめてしまい、音楽(鑑賞)と小説(鑑賞)と野球(観戦、と言ってもラジオで)の怠惰な日々を送り、いつか夏を過ぎ、木の葉も枯れて、ドアをあけたら、あっ、雪。けっきょく、文学とは何の関係もない、小樽の大学に入りました。小樽では下宿を借りたのですが、そこの管理人さんがたいそう美人だったので、下宿の者どもは「これじゃあ、おめェ、めぞん一刻の、一刻館のようでネェか」と言ったとか、言わないとか、すこぶるはしゃいでおりましたが、私はどうして入学早々、一九九四年の、桜もまだ咲かぬ四月に』ここで切れていた。7/27にもメモの断片がいくつか見つかったので、できるだけ意味が通るようにつなげてみましょう。『喜八はブランキー・ジェット・シティの演奏に衝撃を受けて興奮し、思わず知らず、表に飛び出した。俺には弾けぬ、俺には弾けぬとギターをぶん回していたところ、通りかかった王と長島に「この素振りなら、巨人でなければ四番を打つかもしれん」』『喜八は現役時代、二千三百本くらいヒットを打ったが、常軌を逸していたのは、彼の、合気道への傾倒ぶりであった。』『私は、(引退した)喜八に、キョースケ・ヒムロの声ってちょっと西城秀樹に似てないだろうか、と尋ねた。喜八はバター・コーンを炒めていた手を休め、臍下丹田に気持ちを沈めて、言った。』『いいですか、エンジニア。この地球上、海も空気も砂も、いうなればすべて粘稠度が違うだけの、流体にすぎないのです。我々はみな、魚も、人間も、鳥も、飛行機も、野球のバットも、キョースケ・ヒムロの声も、西城秀樹の声も、すべてどろりとした流体の中を泳いでいるようなものです。そういう意味じゃ全部似ています、エンジニア。』

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