精神科学教室 活動報告

「声」の体験と対処法

2026.04.07

「声」を聴いている人はどれくらいいるか。

 

幻覚のある人というと、重い精神障害または違法薬物を使用している人というイメージがありますが、オランダなど世界各国の調査によると、一般の市民でも幻覚のある人がいて、通常の社会生活を送っている人も結構存在することがわかっています。そこで我が国ではどれくらいの人が幻覚を経験したことがあるか、ウェブアンケートを行いました。

私たち帝京大学医学部精神科の有志5名注1)は、倫理委員会の許可を得て、2014年にウェブアンケートを実施し、967名の有効回答を得ました。対象となったのは、医学調査への参加を同意している成人の団体注2)の人たちで、男女比はほぼ半々、平均年齢は45歳で、83%の人が何らかの仕事についていました。一般の市民と考えてよいかと思います。その中でこれまでに「幻覚」を体験した人は35人(3.6%)、そのうち「声」は33名(3.4%)で最も多いことがわかりました。

 これまでの調査で統合失調症になる人の割合は国や地域により差異がありますが、世界的にみても1%内外と報告されています。ところがその場にいない人の声が聞こえるという体験(いわゆる幻聴)をした人は、これまでの調査では、10%内外との調査が多く、統合失調症と診断された人の割合と大きな違いがあります。それはどうしてなのでしょうか。

幻覚を体験する医学的な状態としては、大麻やアルコールの使用、虐待体験、幼児期の半覚醒状態での体験(目覚めかけていたり、熱交としている状態での幻覚など)、解離症状、老齢期のせん妄、認知症や睡眠疾患やてんかんなどでも起こりますので、アンケート調査など医学的な診断を行っていない調査では、統合失調症による幻聴ではない人も、含まれている可能性があります。しかし私たちの調査は我が国の社会生活している成人に対してのもので、違法薬物や認知症など先ほど挙げた統合失調症以外の人で「声」を経験する可能性がある人は少数だと思います。

はじめに書いたようにこれまでの調査でも、健常者として社会で生活している人の中に「声」体験がある人が一定程度存在することが示されており、幻聴だけではなくなんらかのサイコーシス症状がある人では、体験している症状が多いほど、社会生活の質の低下がみられることがわかっており、健康か病気かで2分できない連続性がみられるとして、スペクトラム仮説を主張する研究者もいます。

我が国では国民皆保険であり、医療へのアクセスが良好ですが、今回の調査で「声」を体験していても、受診はしておらず、大きな支障がなく社会生活を送っている人がいることがわかり、これまでの研究と同様の結果となりました。これまでの調査で「声」に対処できている人のほうが医療を受けていない人が多く、幻聴とのネガティブなかかわりや、情動調整の不安定さが、受診する人としない人とを分ける最も大きな心理的要因であると報告されています。今回の調査で、「声」を体験しているが社会生活を送ることができている人たちはどんな特徴を持っているのでしょうか。

 先ほどの市民団体で「声」を体験していてさらにアンケート調査への協力が得られた33名と、特定非営利活動法人COMHBO(コンボ)注3)のホームページからウェブアンケートに協力が得られ、「声」の体験があると回答した43名の合計76名で、「声」がどの程度日常生活を影響しているか、どのような対処法をとっているか調査しました。

1)受診の有無
・このなかで統合失調症の診断を受けたことのある人は、31名(54.4%)
通院したことのあるものは29名(50.8%)
現在通院しているものは29名(50.8%)

2)日常生活への影響
調査票では5段階評定ですが、生活への影響があるかどうかで集計してみました。
69名中31名が「影響あり」、38名が「なし」とほぼ半々になりました。

3)「声」の性状との関係
「声」の性状は、会話形式のもの、当事者が声と対話が可能なもの、当事者の思考や行動にコメントするもの、当事者に命令するもの、名前や単語だけ、音声だが内容がわからないもの、何かが聞こえるもの、の7種類に分類できました。そのうち「思考や行動にコメントするもの」が最も多く、日常生活への影響も大きくなりました。また「対話できる声」が日常生活への影響が大きくなりました。「声」が聞いている人に対して中立的である場合と否定的である場合と比較すると、否定的な場合に有意に日常生活への影響がみられました

4)対処法による日常生活への影響
当事者が「声」にどのような対応をしているかを調査したところ、生理的な対応(睡眠など覚醒度の減少する対応、または運動など覚醒度の高まる活動)、声と対話するなど直接にかかわる、テレビを見るなどほかの活動に注意を向ける、などの対応がみられましたが、対処法の違いによる日常生活への影響には有意な差がみられませんでした。

5)通院状況による、日常生活への影響の比較
「声」を体験したことがある人で、これまでに精神科を受診したことがある人とこれまでに精神科を受診したことがない人で、日常生活への「声」の影響を比較したところ、継続通院>非継続通院>非受診の順で、日常生活への影響が大きくなる傾向が有意でした。

これらの結果をまとめると、思考や行動に関与したり対話するなど、「声」を聴いている人の活動の中心的な部分に関与する「声」であり、否定的な内容である場合に日常生活への影響が大きいため、受診に至る人が約半数存在していること、逆に日常生活への影響が小さいため、受診しないで生活できている人が約半数いることがわかりました。対処法は例数が少なく有効かどうかについて十分解析できませんでした。オランダなどでの調査では、「声」に振り回されず対等な関係を築いている人では、医療を受けなくても「声」を聴きながら生活していることが報告されています。

今回の調査では意外にも、「声」に対応するために薬物を服用する人は少数でした。また2名のみでしたが、「わたしの頭の中に先生を思い描く、呼び出すようなかんじです。擁護してくれるようなことをいったり、一緒に悪い声を非難してくれたり、そろそろ寝ようかなどと声をかけてくれます」など、支援者のイメージを使って対処している人がいました。当事者のもともとの対人関係の持ち方が、「声」との付き合い方に反映されるとの研究もあり、また個々のケースによってそれぞれ適切な対処法が異なる可能性があり、さらなる検討が必要と思われます。

これまでの報告では、当事者が自ら対応法を見つけて使っていくことや、声の始まりには、耐え難い生活状況、最近のトラウマや、不安をかき立てる感情があるため、当事者の内面史の理解として受け止める、日常の人間関係とパラレルに「声」との付き合い方を練習していくなど、治療に活かす試みが報告されており、我が国でも今後の大切な課題と思われます。また仲間同士の受容体験や対処法の学びあいなど、当事者のグループが役立つことが知られています。

筆者らは今回の結果で、医療を受けていない人でも「声」の体験をし、しかもうまく付き合って社会生活を送っている人がいることを示すことができました。我が国の文化の中でうまく「声」に対処する方法をウェブ上で公開し、当事者が対処する際のヒントや、支援者が対処方法を支援する際の例として、活用していけることを目指しています。残念ながら精神科病院の中にあっても、統合失調症の人は一段低くみられる傾向があり、統合失調症の病名を否定する人がまだまだ見られます。そうした内的スティグマの低減にも、本研究が役立ってほしいと思っています。。

なお、本報告に関連して開示すべき利益相反はりません。

 

注1) 池淵恵美1,2)、小島花観2)、功刀浩2)、石田一希2)
  1)神経科土田病院 110-0002 台東区上野桜木 1-12-12
  2) 帝京大学医学部精神神経科学教室  174-0075 板橋区加賀2-11-1

注2) ニューイング https://new-ing.jp/about  2024年6月30日確認

注3) COMHBO(コンボ、地域精神保健福祉機構) https://www.comhbo.net/ 2024年6月30日確認

 

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