精神神経科学講座 同門会 会員専用ページ
2025年同門会会報
ご挨拶
同門会会長
医療社団利田会 周愛利田クリニック
理事長・院長 利田 周太
つい先日まで長い残暑が続き、猛暑との付き合いでした。気がつくと急に冷え込み、例年よりも早くコートをいきなり取り出すという天候不順を感じる今日この頃です。皆様如何をお過ごしでしょうか。
我々の生活においても、米不足・高騰、外国人の増加など、日常生活に直結する問題が増加し、精神科・メンタルヘルス科においても、外国人の受診も増え、新たな問題が生じていると言えるではないでしょうか。
本年も講座内において、4月1日より、永尾龍太先生、橋本みどり先生が連携機関・シニアレジデント、大学院生として入局されています。現在、医局員15名体制で運営しております。
また、2025年3月13日に行われた第43回 日本社会精神医学会において、2代目主任教授 広瀬徹也先生が、第2回加藤正明賞を受賞されました。長年の臨床・研究・教育において、功績が認められ、心より御祝を申し上げます。我々一同も大きな喜びとともに、今後の励みにもなります。
帝京大学医学部精神神経科学講座は、本年度も12月6日に毎年恒例の同門会を開催する運びになりました。同門会フォーラムでは、木村武登先生に「ピンポンから卓球療法」を講演して頂きます。また、昨年度同様に同門会懇親会も行われます。同じ帝京大学精神神経科の医局に在籍した多くのOB・OGの先生方からの、近況・当時の思い出話を楽しみにしており、明日からの診療・業務において、活力にしましょう。
会員の諸先生・諸先輩の皆様におかれましては、今後の御健康・御発展をお祈り申し上げます。
ご挨拶
同門会幹事長
診療科長・主任教授 功刀 浩
帝京大学精神科同門会の開催は、コロナ禍により2年間開催されず、その後オンライン開催やスクール形式での講演会・近況報告会を経て、昨年からコロナ禍前に戻り、講演会に加えて皆様との会食・懇談を楽しむ従来の形式に戻りました。
2021年度から板橋の教室の主任教授として重責を拝命しておりますが、コロナ禍と人手不足、地域との連携が希薄になったことなどにより、病床稼働率や外来収入が低い水準となり苦慮しておりました。しかし、同門会の先生方のご協力もあり、徐々に稼働率は上向きになっております。なお、病院全体の病床数を削減するなどの事情から、12階西のメンタルヘルス科も47床から39床に削減されました。それでも、依然として稼働率は十分高いとは言えません。朗報としましては、今年2月から経頭蓋磁気刺激療法機器を導入していただき(都内の大学病院では3番目)、同療法を臨床に取り入れ始めたことが挙げられます。適応の患者さんがおられましたら、ご紹介いただければ幸いです。
シニアレジデントの数は依然として少ないですが、今年度は3名のシニアレジデントを受け入れることができ、医局も少しずつにぎやかになってきております。
アカデミックな活動に関しては、やはりいまだに少ない現状がございます。しかし、研究面では、明治ホールディングス㈱やヤクルト本社との共同研究、AMEDの委託事業などの成果も出てきております。現在4名いる大学院生の臨床研究も徐々に立ち上がりつつあります。今年3月、廣瀬徹也名誉教授が、日本社会精神医学会から加藤正明賞を授与されました。先生から教えを受けることができたことを改めて誇りに感じ、心よりお慶び申し上げます。
同門会の先生がたには専門医研修や学生実習の連携病院として、医局員の勤務や患者さまの紹介・逆紹介をお願いする関連病院として、多大なご支援を賜っておりますが、今後、一層のご支援を宜しくお願い申し上げます。
末筆ではありますが,同門会の皆さまのますますのご健勝をお祈り申し上げます。
【教室報告】
病棟の近況報告
病棟医長 音羽 健司
2025年10月より、渡邊由香子先生から病棟医長を引き継ぎました。渡邊先生の丁寧なご指導を受けつつ、中堅スタッフの力も借りながら、病棟体制を安定的に運営しております。
今年度は、新たに2名の医局員を迎えることができました。永尾龍太先生は連携施設である吉祥寺病院からの派遣で、精神科急性期治療に精通した即戦力になる先生です。また、橋本みどり先生はご出産から復帰入局され、病棟診療の中心として活躍していただいています。それぞれの先生が持ち味を発揮し、病棟カンファレンスもより活気あるものとなっています。
治療面では、中等度うつ病に対する新しい治療法である反復経頭蓋磁気刺激療法(rTMS)を、2025年2月より当科で導入いたしました。すでに5例目の治療を開始しており、これまでの全症例で抗うつ効果が確認されています。大学病院として、新規治療技術の導入と治療成果の蓄積を今後も継続していきたいと考えております。
10月に実施された東京都の監査では、カルテ記載や安全管理において大きな指摘事項はなく、日頃からのスタッフの丁寧な診療体制が評価されました。引き続き、安全を最優先に、質の高い医療を提供していく所存です。
また、病院全体の取り組みとして、外来におけるAI問診サポートの導入が予定されています。電子カルテと連動したAI支援によって、外来業務の効率化や診療時間の短縮が見込まれ、今後は病棟診療にも良い影響が期待されます。
病床数については、東京都の病床数適正化支援事業に伴い、従来の47床から39床へと減床いたしました。これにより、より個々の患者さんへの手厚い治療・看護に集中できる環境が整ってきています。
昨年度同様、当科では、うつ病の休養入院、rTMSおよびmECT治療、認知症の精査入院、発達症(発達障害)の鑑別評価、その他、薬物調整や症状の急性増悪への対応など、幅広い症例を受け入れています。入院加療が必要な患者さんがいらっしゃいましたら、ぜひご紹介いただければ幸いです。
引き続き、臨床の充実や学生・研修医への教育体制の強化、地域医療との連携推進に努めてまいります。どうぞ今後も変わらぬご支援を賜りますようお願い申し上げます。
ごあいさつ
外来医長 赤羽 晃寿
おかげさまで、メンタルヘルス科外来は新患患者数の大幅な減少もなく、引き続き順調に運営中でございます。これもひとえに、先生方のご支援の賜物と深く感謝申し上げます。今後とも安定した外来運営に努めてまいる所存です。宜しくお願い申し上げます。
ところで、昨年、掲げた目標(レケンビ外来)の進捗状況ですが、現時点での導入件数は1件と悲惨な状況にあります。外来運営全体としては順調なのですが、レケンビだけはだいぶ厳しい状況にあります。多くの患者さんは東京都健康長寿医療センター『一択』のようで、やはり、『健康長寿』というネーミングには敵いません。そこで、私の言い訳を強化するために令和5年度の厚生労働省による患者調査での総患者数を見てみますと、アルツハイマー病は78万人とされています。高齢化社会に対する警鐘、介護問題、認知症予防対策(運動、食事)といった様々な報道の影響で、認知症患者はとても多いように感じますが、実はこの患者数、他の疾患と比べて明らかに少ないのです。ただし、約10年前(2014年)の患者数が53万人ですから、年々増加傾向にあることは間違いありません。ということで、認知症は増加傾向にあるものの、『健康長寿』が前に立ちはだかり、行く手を阻み、そもそも他の疾患と比べて患者数が少ないこともあって、レケンビの導入件数が一向に増えないといった状況にあるのだろうと推察しています。そして、私はいつも「これはある意味自然なのである」と頭の中で唱えています。
ちなみに、最も患者数の多い疾患は、高血圧の1609万人です。ついで、歯周病1135万人、脂質異常症459万人、癌394万人、2型糖尿病364万人と続きます。一方、精神科領域では、だいぶ下がって、気分障害の159万人を筆頭に、神経症・ストレス関連性障害118万人、そして、今、話題の不眠症は100万人で、精神科のメインの疾患である統合失調症が89万人と続き、アルツハイマー病はそれよりも更に少ないのです。こうやって私の言い訳は完成していくのですが、それよりもこの統計を見ていると、「歯周病って、そんなに多いの? 知らなかった・・・・だから歯周病関連のTVCMが多いんだ・・・・」と、ついつい関心してしまい、「言い訳け探しも、捨てたもんじゃないね」と自分を誤魔化したりもしています。
そうは言っても、引き続き、レケンビの宣伝を行い、成果を上げて、来年度も希望を持って外来を運営していきたいと思っております。毎度のことではございますが、外来医長の挨拶としては、甚だ不適切な内容になりましたこと、お詫び申し上げます。今後とも宜しくお願い申し上げます。
医局の近況報告
医局長 金田 渉
今年度より医局長を拝命しました、金田 渉(かなた しょう)と申します。2016年に帝京大学に赴任しまして、池淵恵美先生・林直樹先生・功刀浩先生と三名の主任教授をはじめ、多くの諸先輩方にご指導をいただきながら、研鑽を重ねてまいりました。伝統ある帝京大学精神神経科学講座が今後ますます発展するよう、微力ながら力を尽くしたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
さて、当医局では2025年度に、新たな2名の医局員を迎えることができました。帝京大学出身の橋本みどり先生、吉祥寺病院からご派遣いただいた永尾龍太先生です。また、前年度の途中から合流してくださった音羽健司教授や小笠原知子先生も、いよいよそれぞれの個性と専門性を発揮していただいています。新たな風を感じながら、医局員一同、一丸となって日々の診療業務に臨んでおります。
病棟医長からも報告があろうかと思いますが、2025年9月から、病床数が47床から39床へと再編されました。病棟稼働率には若干の改善が見込まれる一方で、より患者様ひとりひとりに目が届く医療が求められます。反復経頭蓋磁気刺激療法(r-TMS)の経験も順調に積みあげられつつあります。安全性を何より大切にしながら、より質の高い医療・支援が提供できる体制を進めていきます。
教育面については、近年本学出身の入局者が続くようになってきたことを大変こころ強く感じています(2026年度にも入局者あり)。卒前教育・実習・初期研修を通じて当医局の診療姿勢や雰囲気、研究文化に触れてもらう機会を設けてきた成果が、少しずつ成果として実り始めているのかもしれません。これからも、「ここで学びたい」と思ってもらえる臨床教育を充実させてまいります。
研究面では、統合失調症・気分障害などの領域を中心に、栄養精神医学やバイオマーカー探索、臨床疫学研究を発展させてきました。リエゾン研究など総合病院ならではの研究も継続的に実践しています。大学院の先生方もそれぞれのテーマに励んでいます。日々の臨床に根ざした課題や疑問を出発点として、医局全体で実践的な研究を行っていける環境を目指します。
地域連携については、附属病院を中心に近隣区の医療機関との協力体制を保ちつつ、入院・外来・デイケア・地域支援と、連続した支援を意識ています。初診・入院のご紹介や、治療後に地域へお戻りいただく際の支援において、多くの医療機関様にお力添えをいただいております。この場を借りて深く御礼申し上げます。また、学生実習では帝京溝の口病院、大内病院、周愛利田クリニック、成仁病院に継続してご協力をいただき、学びの場を広げていただいていますことも、心から感謝いたします。
今後も、臨床・教育・研究を柱としつつ、地域とともに歩む医局づくりに努めてまいります。同門の先生方には、引き続きご指導とご支援を賜りますよう、心よりお願い申し上げます。
近況報告
帝京大学医学部附属溝口病院 精神神経科・心療内科
科長・教授 齋藤 正範
今年度の溝口病院精神神経科は特に大きな出来事がなく、淡々と日々が過ぎてゆきました。
診療面では、精神神経科(外来+リエゾン)は取扱い患者数がやや減り、心療内科はやや増えて、合計では若干の減収でした。心身症の診療依頼を取り込むべく、6月から近隣の歯科医療機関へのプロモーションを実施しておりますが、宣伝効果はまだ現れておりません。
研究面では、引き続き各種基礎データの蓄積に励んでおります。加えて、各方面から個別最適化医療などに関する執筆依頼があり、原稿をイヤイヤ書いております。
教育面では、医学部5年生の地域医療実習と臨床研修医の指導に邁進しております。また、今年度から齋藤が機構派遣監督者として他大学のOSCEに派遣されるようになり、他大学の内情をさらに詳しく偵察できるようになりました。
現在、溝口病院はがん診療連携拠点病院の指定を目指しており、その前段階として病院機能評価を受けるべく邁進しております。溝口病院精神神経科も、科機能強化に向けて、更に頑張る所存です。どうぞ宜しくお願い致します。

ちばの近況(2025.10)
帝京大学ちば総合医療センター メンタルヘルス科
科長代行 佐藤 康一
常勤一人体制も3年めとなりました。白山先生にも客員にて数多くご助言をただいております。大きなことは掲げられませんが、堅実さを目指しています。
当センターではこのたび地域連携の一環として、診療案内の冊子版を作る運びとなりました。その原稿が時期的にちょうど本稿と重なりまして、その周辺を近況報告とさせてください。一人ですと、科の目標なのか個人の目標なのかわからなくなることもままあるのですが、今回はスローガンを掲げることになり、そこには頭を悩ませました。
「目の前の患者さんに最善をつくします」はどうか。意味の込め方や受け取り方はさまざまとしても、困りごとに耳を傾ける、まずは自分にできることをやる、そして考える、そういう姿勢として。一人になったこともあり、原点に立ち返って。
「その場その時、最善をつくします」はどうか。ある種の精神療法ではヒアアンドナウ(今ここで)を教わりますが、このフレーズが好きで、そこからの連想ですが。そこでの文脈からは外れますが、リエゾン診療は1回のみのことも多く、その1回を大切にする、そこに集約させるというニュアンスにて。
そんなこんなで、二転三転しています。本稿の方はつぶやき程度ではありますが、無事に存続していることのご報告です。引き続き同門の先生方のご支援をお願い申し上げます。
「加藤正明賞」受賞の背景
帝京大学名誉教授 広瀬 徹也
はじめに
この度はからずも、日本社会精神医学会から第2回「加藤正明賞」を頂きました。1回目にも打診があったのですが、辞退したところ今年もお声がかかり、冥土のみやげにとお受けした次第です。
本年3月13日東京浜松町で行われた第43回日本社会精神医学会で水野雅文理事長より授与され、30分の受賞講演を行いました。その要旨が学会誌第34巻第3号の巻頭言として載り、その別冊は一部の方にお配りしました。この文はそれと重複するところがありますが、できるだけ帝京の精神科医局と関連付けて、より私的なものにしたいと思います(文献など省略)。
加藤正明先生は東京医大の精神科教授のあと、国立精神衛生研究所(市川)の所長を務められ、1981年日本社会精神医学会を創設された方です。WHOから派遣されたイギリスのクラーク博士が日本の精神医療に欠けている社会療法、リハビリテーションの必要性を強く勧告した1968年から10年以上のちのことですが、そこには当時の激しい大学紛争の影響も無視できないでしょう。ただし、1970年には懸田克躬、加藤正明共編著で『社会精神医学』(医学書院)が出版されていますから、わが国の社会精神医学の発展を常に意識されていたと思われます。
その加藤先生とは私の医師人生の最初期と最後にご縁があったという意味で、不思議な気持ちになります。と申しますのは私がまだ駆け出しの医師であった1968年、「日米科学協力事業・麻薬中毒班」の日本側班長であった加藤先生から米国ニューヨーク市に半年間の出張を命じられたからです。
加藤先生とは面識もありませんでしたから、その決定には同じ班員で、私が医学部3年頃から休みの時に予診とりなどで出入りを許可して下さった東大分院神経科教授・笠松 章先生の推薦が関与していたのです(当時の分院神経科は紛争開始後、南光、内海、林先生らの俊英達がどっと入局する前で、若者は希少でした)。
ニューヨーク市の中心を流れるイースト・リバーの中州に聳え立つ巨大なマンハッタン州立病院(ケネディ大統領の号令もあり、“病院から地域へ“の政策でほとんど空床)の研究室に約半年過ごし、当時導入された合成麻薬メサドンのヘロイン中毒患者への置換漸減療法や各地の麻薬中毒患者施設の見学をする傍ら、日本の覚醒剤(ヒロポン)中毒(兵士の士気向上のために軍に大量にあったものが戦後市場への放出が原因)の文献の英訳・紹介などを行い、米国側代表のH.Brill博士と共著の論文にまとめました。
私は大学受験前、法学部志望でもありましたので、医学部の学生時代から東大脳研究所の犯罪学の権威吉益脩夫教授に師事して、東京都の曜日別犯罪の統計調査に参画したことがあり、薬物中毒の日米比較研究にも携われたことは、期せずして社会精神医学研究の継続になりました。
私は1年間の米海軍横須賀病院のインターン後、1962年秋元波留夫教授が主宰する東大精神科に入局しました。そして入局して間もなく、秋元教授の学会での宿題報告「躁うつ病」のための資料作りを命じられたのです。東大病院の精神科には躁うつ病患者が少なかったため、その患者が多い、当時新築で東洋一といわれた晴和病院(理事長・内村祐之東大名誉教授)の患者資料も利用して、秋元教授の宿題報告の資料が完成しました。そして、犯罪学の権威吉益教授の“犯罪生活曲線”をヒントに、私の学位論文「躁うつ病の経過に関する研究―治療との関連において」も仕上がりました。
当時、晴和病院の医員となって、躁うつ病を中心とする精神科の臨床に没頭、社会精神医学からも離れていきました。当時東大で行われていた“土居ゼミ”といわれた土居健郎先生の症例検討会は精神分析学が基礎にあるとはいえ、学派を超えた“見立て”の鮮やかさに圧倒され、精神療法を主体とする臨床精神医学にのめりこんだのです。また人間を知り尽くした感のある内村先生の症例検討会や、のちに名著となった『精神医学の基本問題』(1972)の連続講義にも魅了されました。
1976年風祭 元帝京大学初代主任教授と内沼幸雄助教授からの招きで私は助教授として、帝京大学精神科に移籍しました。翌年1期生の岡崎和也、高屋(加藤)洋子のトップクラスが入局、私は病棟医長としてクラーク博士に倣って、病棟集会(Ward Meeting)を行ったりしたものです。
医局にはその後も帝京大の卒業生はもちろん、東大など外部からも若い俊英が集まり、活気がみなぎっていました。学外では当時シリーズで発刊されていた『分裂病の精神病理』に倣って、弘文堂が発刊を始めた『躁うつ病の精神病理』シリーズ第2巻(1972年)への参画を内沼先生に誘われ、出席しました。これは1泊の合宿で討論後論文化するもので、他大学の有名教授も多数出席されていましたから、自分から参加する勇気はなく、内沼先生のお誘いはまさに“天の声”でした。
当時前出の東大分院神経科の笠松教授の推薦で某大手保険会社の医務室にパート勤務していましたが、そこで診た若いエリート社員が軽い負担・ストレスで仕事を休み、寝込んでも、週末は元気にスポーツなどに興じることができるのに接し、従来の教科書にはない症例に戸惑い、“逃避型抑うつ”として合宿で発表、論文化しました。合宿でも名古屋大学の笠原 嘉先生(本年10月逝去)以外注目されませんでしたが、笠原先生が他で引用されたお陰で、同シリーズの第5巻(1987)で新潟大学の佐藤哲哉先生が「逃避型抑うつおよび退却神経症の精神病理」として、精神病理学的考察を深めて頂きました。
社会精神医学に関連するものとしては、当時加藤正明先生が始められた「自殺予防研究会」に張 賢徳先生と共に参加。張先生は学位論文に自殺をテーマにされたほどで、その後研究会の中心となり、のちに自殺予防学会の理事長(私は一時監事)に、さらに加藤正明先生がかつて所長を務められた国立精神衛生研究所が発展した、国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所・所長に昨年就任されて、ここにも加藤先生との不思議なご縁を感じないわけにはいきません。
私が日本社会精神医学会と深く関わるようになったのには、既述のような犯罪学や薬物中毒との関わりがあったことに加え、1994年山形での学会で入会後、当時理事長でいらした大原健士郎先生に風祭先生からの口添えがあったことで、学会誌の編集委員長(1996年)や、のちの理事長(2008年)などの役職を早く与えられたように感じております。
風祭先生が松沢病院院長にご栄転後、私が主任教授になって間もなくの1997年には、第17回日本社会精神医学会を大手町で、教室を挙げて開催しました。風祭先生には特別講演で、奥様には懇親会でのアンサンブルのビオラ演奏と、ご夫妻でのご協力も得られ、幸せでした。
私の提唱した“逃避型抑うつ”は臨床精神病理学的トピックと自認していましたが、2005年の学会誌に出た樽味 伸氏らの論文で、発表後25年以上経った“逃避型抑うつ”が「経済成長期」に関連するのに対して、当時“新型うつ病”として世間でも話題となった“ディスチミア親和うつ病”(樽味)はバブル崩壊後の「経済成長の喪失」に関係すると、社会精神医学的考察の対象になっているのを見て、私の業績が実は社会精神医学にも関係していたことに驚きました。
国際的には慶応義塾大学の作田 勉先生がWASP(世界社会精神医学連盟)の財務担当で長らくコミットされていましたが、大会運営が今一つすっきりしない経緯であったのを、E.Sorel会長のもと、中根〇文理事長と私も加わって2004年神戸開催に向け尽力し、実現しました。その2年前横浜で開催されたWPA(世界精神医学会)大会で、私が事務総長として苦労した経験がプログラム委員長を務めたWASP神戸大会で、非常に役立ちました。
国際学会の成功は外国からの人集めに尽きるので、マメに外国の関連学会に出かけて、宣伝に努めたものです。米国の精神医学会の宣伝ブースで、“What is social psychiatry?”と尋ねられた時には驚いたものです。ともあれ神戸大会の余剰金で、私も編集責任者となって、学会の総力を結集した『社会精神医学』を医学書院から、懸田克躬・加藤正明編著の同名書以来40年ぶりの2009年に出版できたのですから、WASP神戸大会は成功といえましょう
学会とは別ですが、晴和病院に事務局を置く、公益財団法人・日本精神衛生会の歴史と活動はそのはじまりから、社会精神医学と深い関わりがあるので、最後に述べさせて頂きます。
東京大学医学部の2代目精神科教授・呉 秀三先生が教室をあげて、当時多くの精神障害者が処遇されていた“私宅監置(座敷牢)”の実態調査を行って世に知らせ、また病院などにおいても“隔離拘束”が普通であった当時の状況に、“我が国数百万の精神病者がこの国に生まれたるの不幸を嘆かざるを得ざる現状・・”と述べた、いわゆる“二重の不幸”は歴史的に有名です。それから100年目にあたる2018年に、日本精神衛生会は“きょうされん”と協賛で、この間の経緯に焦点を当てた映画「夜明け前」を製作し、記念フォーラムを東京で開きました。
呉らの実態調査こそ社会精神医学的疫学調査のはじまり・代表でもあり、今なお貴重なものであることは映画をご覧になった方は御賛同頂けるはずです。私はこの映画の監修者を務め、呉が創始した日本精神衛生会の理事長は当時退いておりましたが、主催のフォーラムの幹事・責任者として尽力しましたので、忘れられない思い出となっております。
おわりに
精神医学の中でも社会精神医学の役割は今後ますます大きくなるでしょう。張先生が長らく編集委員長を務められている日本精神衛生会の機関誌名「心と社会」は素晴らしい名称です。この雑誌は誰が読んでも分かりやすく、ためになる内容ですが、精神医学がもともと人とのつながり、こころの絆の問題に端を発するとみれば、至当といえましょう。
今回の受賞も有能な方々(太字の恩師・恩人)とのご縁とご支援の賜物です。それに深く感謝するとともに、日本社会精神医学会、日本精神衛生会へのご協力・御支援もお願いいたします。
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50年近く続いている“悪名高き?”テニス合宿(2025年11月日光霧降高原)
【同門会員の近況】
土田病院でリハビリテーションをいろいろやらせてもらっています。
論文もかきたいテーマでコツコツ書いています。
池淵 恵美
元気です。
新築移転後1年半弱となりましたが、電カルにもやっと慣れ、その便利さに感謝しています。
江渡 篤子
4月末に右変形性股関節症のため人工関節手術を受けました。
もう、テニスで走っています。
遠藤 眞実
帝京に来て2年目、坂を昇り下りの自転車通勤で脚力が上がりました。
小笠原 知子
医局の雰囲気になじんできました。
音羽 健司
今春4月から長男(循環器内科)が、かとうクリニック院長となり
夫は小児科外来を、私は日数減らして精神科外来をしております。
加藤 洋子
月~金は仙台で働いております。
菅野 道
定年になり内科に復帰しました。
工藤 真裕
後期高齢者となりましたが、病院勤務をつづけています。
小林 暉佳
疲れ気味ですが、元気に仕事をしています。
五味渕 隆志
いやぁもう大変です。
齋藤 正範
変りなくやっております。
篠原 隆
かわりなし
島田 巌
埼玉県及びさいたま市におけるアルコール関連領域を含めた地域精神科医療を行っております。
関場 秀高
今年入局しました、橋本です。どうぞ宜しくお願いいたします。
ダイト(橋本) みどり
85歳 散歩と囲碁を楽しんでいます。
竹内 龍雄
特段の変わりなく、元気で臨床をしています。
林 直樹
老いにあらがう難しさをますます感じるこの頃です。
菱沼 洋子
臨床は週2日。テニス、ハイキング少々です。
広瀬 徹也
満期退学になりそうですが、あきらめずに頑張ります。
藤井 亮佑
M&A事業拡大続けています。
村田 憲一
まだ、隠居できません…
渡辺 洋文
【新入局員の紹介】
自己紹介
連携機関レジデント 永尾 龍太
2025年4月より勤務させていただいております永尾龍太と申します。まずは同門会の皆様に、この会報を通じてご挨拶させていただく機会をいただき、心より感謝申し上げます。
私は2022年に福島県立医科大学を卒業し、ウルトラマンの発祥地である福島県須賀川市の公立岩瀬病院で初期研修を修了後、2024年に東京に戻り現在2年次精神科専攻医として勤務させていただいております。
もともと特定の臓器に興味があったと言うよりも患者さんを総合的に診たいと考えており、総合診療科と迷った末に精神科の道を志しました。精神科としてはまだ1年半ですが、専攻医になってから責任ある主治医という立場を任されるようになり様々なことを経験させていただいていくうちに、以前の自分ではしなかったであろう考え方もするようになるのを自覚しており、これが成長かと感じております。ただ、まだまだ自分の診療を振り返ると改善点だらけなのは変わりないですし悩みは尽きぬものですが、それも一つ自分が考えて生きていることの証とも言えるのではないでしょうか。何にでも言えることでしょうが、地道にやるしかないと思いますので、はやる気持ちを抑えて日々の診療に取り組みたいと考えております。そうやって数少ないながらも色々症例を経験させていただくうちに、最近は児童思春期精神にも興味が出てまいりました。精神科では現病歴に加えて生育歴も聴取し、そこには当然幼少期や思春期のエピソードも含まれます。様々な人の生育歴を読むうちに、入院するレベルの精神疾患にかかる人は虐待を始め何かしらACE(逆境的小児期体験)を経験した人が多いなと感じておりました。ACEが大人になってから様々な精神疾患のリスクとなることは周知の事実だと思いますが、思春期までにどのような人と出会ってきたか、どのような体験をしたかはその後の生き方に多大なる影響を与えると実感するようになりました。そこで、思春期に何かしらの問題を抱えている患者さんの助けになりたいと最近考えるようになった次第です。今後の精神科医としての自分の道をどのように作るか考えてばかりですが、御助言等ありましたらぜひお願いいたします。

もちろん児童思春期精神だけでなく、他にも興味関心分野は様々あります。この先生の考え方いいなだとか思った精神科の先生が精神分析をある程度通っていることが多くそこから精神分析に興味を持ったりなど、まだまだ精神科学には私が学ぶべきことが山ほどあると感じております。臨床の合間に少しずつ勉強し、精神科医としてもっと成長していきたいと考えております。皆様の熱いご指導、ご鞭撻のほどお願いいたします。
自己紹介
シニアレジデント 橋本 みどり
2025年4月に入局いたしました橋本みどりと申します。2023年に帝京大学を卒業し、初期研修のときからお世話になっております。
私は東京大学教育学部を卒業後、ロンドン大学にてGender studiesの修士号を取得し、東京の外資系企業に勤務しておりました。ただ、次第に自分の仕事に意義を見出せなくなり、一生をかけて取り組める仕事とは何かを考え、思い立って医学部に通うことを決めました。元々心理学に興味があり、殆ど迷わずに精神科に進みました。
回り道ばかりの人生にも思えますが、多様な学問、文化に触れ、様々な背景の人々に出会えたことは、私の視野を大きく広げてくれました。こうした経験は、今後の精神科医としての人生の糧となるのではないかと感じています。
まだまだ未熟な私に、お忙しい中、いつもご指導くださる先生方に心より感謝申し上げます。また、私事ではございますが、今年の4月に出産し、多大なご支援をいただいております。いつも温かく支えてくださる医局の皆様、先生方に改めて深く御礼申し上げます。
同門会の先生方からもご指導ご鞭撻を賜れれば幸いです。どうぞ宜しくお願いいたします。

(写真は昨年パリに行った際、ルーブル美術館で撮ったものです。ピンクのコートが私です。
イギリスに住んでいた頃からパリが大好きで、これまで何度も訪れています。)
編集後記
同門の諸先生・諸先輩方におかれましては、ご活躍のこととお慶び申し上げます。新型コロナウイルス感染症のパンデミックから落ち着きを取り戻し、昨年度から同門会が新型コロナウイルスの感染流行前と同様、従来通りの開催となりました。また、音羽健司先生から、「臨床・研究・教育を繋ぐ:私の精神科医人生と帝京大学での挑戦」、渡邊由香子先生から、「反復経頭蓋磁気刺激療法(rTMS)のご案内」がありましたように、当院精神神経学講座は、これまで以上に同門の先生方・先輩方との病診連携は重要と考えております。今後とも紹介・指導を御教示くださるように宜しくお願い申し上げます。
毎年のことになりますが、配布・郵送した同門会会報・会員名簿につきましては、正確を期すように心がけておりますが、転居、勤務先変更、誤記、乱雑等がございましたら、医局、同門会まで御一報下さいますように宜しくお願い致します。また、人事往来、記事などがありましたら、当講座まで御一報頂ければ幸いです。
同門会会員、教育関連病院の皆様の御健康繁栄をお祈りし、編集後記とさせていただきます。
また、同門会会報、ホームページ、名簿編集の作成にあたり、記事を執筆していた先生方、加藤さんに編集の際には御手伝い頂きました。この場を借りて御礼を申し上げます。
令和7年11月5日
帝京大学医学部精神神経科学講座同門会事務局
教室員一同/松村 謙一





