精神神経科学講座 同門会 会員専用ページ

2020年同門会会報

ご挨拶
 
同門会会長 利田 周太
 

 本年度も帝京大学精神神経科同門会の開催を企画していましたが、新型コロナウイルスの終息が見込めず、感染防止の観点から開催を中止といたしました。同門会は開催できなくなりましたが、同門会会員皆様の御健勝をお祈り申し上げます。                             

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2020年 帝京大学精神科同門会中止にあたって

 

幹事長    林 直樹

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  2020年11月に予定しておりました帝京大学精神科同門会の開催をコロナ禍の蔓延ため見送らせていただきました。幹事長として今回は苦渋の決断に至った事情,どうかご理解いただきたいと思います。 コロナ禍は,緩むことなく持続し,私たちの社会全体に生活のあり方を変えてしまうほどのインパクトを与えています。医療にも甚大な影響を及ぼし,私たちも力の限りの対応を迫られています。

 

  板橋の帝京大学メンタルヘルス科の医師たちは,しっかりと数々の課題に取り組んでいます。特にコロナ禍に関連した課題,入院患者やデイケア患者の感染予防や入院・外来患者数の落ち込みへの対応,新しい検査体制の構築,一定以上の質を確保しつつ学生実習を継続すること,等々に労苦を強いられています。何とか力を合わせてこの難局を乗り切りろうとしております。その中で若い世代の医師たちが逞しく問題に対応してくれていることに強く励まされています。

 

  同門会の先生方のご苦労も並大抵のものでないと思います。その多くは,私たちが一緒になって協力することで解消を目指すことができるものと思います。直接に語り合うという場を提供すること,今回はかないませんが,その代わりにさまざまな方法で連絡を取りながら,力を合わせて対応を進めてゆけば,笑顔で再開する同門会を取り戻することができると考えております。

 

  どうかよろしくお願い申し上げます。

  末筆ではありますが,同門会の皆さまのますますのご健勝をお祈り申し上げます。

 

【教   告】

就任のご挨拶

功刀 浩

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  2020年4月1日から精神神経科学講座教授に着任いたしました。私は1986年に大学を卒業後、すぐに帝京大学の研修医(精神神経科)となり、以後、ロンドン大学精神医学研究所に留学していた1年半を含めて本学に約15年間お世話になりました。その後、国立精神・神経医療研究センター神経研究所(疾病研究第三部)の部長となり、統合失調症やうつ病の病態解明研究や治療法の開発研究を18年間行いました。国立精神・神経医療研究センターでは、脳脊髄液試料を用いた研究や精神栄養学的研究、「うつ病外来」を土台にした気分障害センターの設立などを行わせていただき、楽しく充実した日々を過ごさせていただきました。60歳の定年退職までの期間を少し残し、池淵恵美先生から本学への復帰についてお声がけをいただきました。

  帝京大学では、初代主任教授の風祭元先生に薬物療法を、廣瀬徹也先生に気分障害の臨床を、南光進一郎先生から遺伝子研究や疫学研究を、池淵恵美先生からは統合失調症の臨床を教えていただきました。また、私の研修医時代のオーベンは藤山直樹先生で、本格的な精神療法も学ぶことができました。関連病院や同門会の先生がたにも多数お世話になりました。このように帝京の精神神経科は素晴らしいスタッフに恵まれており、このたび古巣に戻って来られたことを大変光栄に存じます。現在、林直樹先生以下のスタッフの方々にいろいろとご教示いただきながら、大学生活への“リハビリ”をさせていただいております。今後、私を育てていただいた当教室に対して、いくらかででも恩返しができるよう微力を尽くしたいと思っております。ただし、精神医学は奥が深く、いまだに患者様から教えていただく日々の連続であり、今後も皆様のご指導を受けつつ学んでいきたいと思っております。また、本学におきましても研究を続けていきたいと考えております。

  今回、大学に戻ってみますと、研修制度や専門医制度の変遷により本学もその荒波を受けていることを感じました。この荒波に負けずに、少しでも質の高い臨床、教育、研究ができますよう、努めていきたいと存じます。同門会の皆様のご指導、ご鞭撻を、何卒、宜しくお願い申し上げます。

こちらもご覧ください⇒ 医療連携だより「ASSIST」記事:功刀教授よりご挨拶

 

2020年ローテートの専門医研修専攻医の紹介

 精神科専攻医1年目の髙岡正和と申します。和歌山県にて出生し兵庫県で生育、同胞2名第2子長男。父は歯科医、母はヨガ・ダンス講師で、姉が優秀だったおかげで弟の自分は特に大きな期待もされず、あなたらしく好きに生きていいんだよというメッセージをもらいながら健やかに育ててもらいました。

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しかし思春期の頃は「なんのために生きるのか」などと学校を休みがちで悩み多き典型的な文系少年で、国語と英語と小論文だけで受かる早稲田大学にまぐれで入学。たくさんの人との出会いや図書館で読み漁った大量の本、人に言えないような失敗経験、海外放浪の旅、東洋思想や臨床心理学や文化人類学など学んで人生が開花し、卒後はホームレスの方々のための看取り支援のNPOの仕事に関わったのちに、インドで暮らすか保育士になるかボディーワーカーになるかで悩んだあげく、最終的には偏見や差別、治らない病気など苦悩を抱えた患者さんたちとともに生きてゆく医者になりたいと思い、因数分解から勉強を始め和歌山県立医大にまぐれで再入学。

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 大学卒業後は東京に戻り市中病院で初期研修、しかし現実と理想のギャップで自分は医者に向いてないことを実感して医者を辞める決断の手前まで行きましたが、恩師に「後10年やってみろ、医者に向いてないかどうかを決めるのは自分じゃなくて目の前の患者だ」という言葉をもらいそれからは息を吹き返しました。初期研修後は1年間総合内科で勤務し、心も身体も丸ごとみる医療を志して東大心療内科の医局に入りましたが、精神科での研鑽を積みたいと思い、志願して長谷川病院精神科で2年間勤務。精神科歴3年目の今年、精神科専門医を取得するために帝京大学で専攻医研修を開始しました。いまだに医者をやっていける自信はないのですが、今現在は日々の臨床でわからないことや失敗や学ぶことがたくさんありすぎて、それが一つひとつ楽しくて幸せです。

ほんの少し異質な経歴の私でも温かく受け入れてくださり、ご指導いただきました帝京大学の医局の皆様にはとても感謝しております。帝京大学病院にはこの1年間だけの勤務となりますが、皆様と出会えたご縁は末長く大切にしたいと思っておりますので、これからも何卒よろしくお願い申し上げます。

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同門会員の近況

お蔭で元気でおります。皆様の御活躍を祈っています。

開原 久代

長期にわたりお世話になりましたが伊藤典雄は昨年10月25日に他界いたしました。ご連絡遅れまして申し訳ございませんでした。皆様のご健康をお祈りいたしております。取り急ぎ。

伊藤 典雄内

コロナ対策に追われています。

植西 利通

コロナ渦のせいで入院患者さんの試験外泊、外出、面会等の制限、我々もストレスが重む毎日ですが、都市に生活されている方々はもっと大変な生活をされている事と思います。一日も早く収束する事を祈るばかりですネ。また皆でワイワイが出来る日が近い事を祈っています。私は元気です。

江渡 篤子

土田病院は今年111周年を迎えました。皆様の応援に感謝!!です。

遠藤 眞実

コロナ対策 仙台近郊には睡眠障害の医療機関がないため、終夜睡眠ポリクラフィ―検査など忙しくしています。今後共皆様のご支援をお願い致します。

菅野 道

新型コロナウィルスは女性のメンタルヘルスにも様々な影響を与えそうです。機会がありましたら皆様にご教示頂きたいと思っております。

相良 洋子

R2年7月1日に開業しました。どうぞよろしくお願い申し上げます。

佐々木 直哉

元気にやっております。

篠原 隆

開院13年となりました。元気でいます。

鈴木 ゆい

埼玉県さいたま市にてアルコール関連を含めた地域精神科医療を継続して行なっております。

関場 秀高

今年は1日2回に猛ダッシュしてサファイアに到達しました。SEC→J6Cの予定でしたが、虚しいです。今後ともよろしくお願い申し上げます。

坪倉 正明

別府大学で特任教授として、公認心理師の養成をしています。

中野 明徳

活躍なさっている皆さんに会える事を楽しみしています。

野口 昌孝

来年、症例がそろって準備が整いましたら、指定医の新規申請予定です。ゆっくりペースですが、日々楽しくお仕事させて頂いております。

蓮村 ひろみ

3月に退職しましたが非常勤講師として大学院の授業は今年度も担当しています。医学部5年間、文学部19年間勤務しました。

張田 真美

功刀先生、教授ご就任おめでとうございます。さらなるご活躍を期待しております。

菱沼 洋子

令和2年9月に第3クリニック分院の「ひだクリニックお台場」を開院いたしました。何かの際、お心にお留めおき下されば幸いです。

肥田 裕久

まだまだ副院長として臨床畑でもがいています。

日野 俊明

診察とテニスは続けています。山にはコロナで行けてませんが。

広瀬 徹也

令和2年4月1日より、医療法人淵野会の理事長職に専念しています。

渕野 勝弘

60の手習いで、AnnaFreudCentreのMBTグループ、スーパービジョンを受け始めました。オンラインの恩恵を実感しています。

松森 基子

私の経営する法人グループの交際費額はコロナ渦でもほぼ不変です。原因はいい店を選んでの濃厚使用でした。

村田 憲一

常勤医募集中です。大多喜の片隅でのんびりさせてもらっています。

茂木 伸一

同門会が開催されず残念ですが、来年は皆様とお会いできればと思います。

元永 拓郎

コロナ渦、皆様本当に大変な状況とお察しします。来年は同門会が無事に開催されますこと、心より祈っております。

吉井 薫

佐世保市近郊の田舎で精神科病院を経営しております。医師不足の状態です。興味がおありの先生、ご連絡を。

秋月 誠一

内沼幸雄先生の訃報に接し、心からご冥福をお祈り申し上げます。

朝長 美智子

大きな変わりは、ありません。

安西 崇

内沼先生の訃報に接し、悲しく懐かしく、卒論研究でお世話になったころのことを想い出していました。私は本年度で東大を退任します。功刀教授をお迎えし、専門性と共用に溢れる医局の発展をお祈りしています。

上別府 圭子

元気に仕事をしています。

五味淵 隆志


報  告

 

 同門会会員の小林暉佳先生が令和元年12月に瑞宝小綬章を叙勲、川上憲人先生が令和2年春の紫綬褒章を受章されました。先生方おめでとうございます。同門会員にとっても大変喜ばしく名誉のことと思います。先生方の記事が「東京精神科病院協会誌」「鉄門たより」に掲載されましたので、ご紹介させていただきます。

 

瑞宝小綬章を受けて

一流れ流されて60年の回顧一

青梅成木台病院
理事長 小林 暉佳

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 令和元年秋の叙勲に際し、はからずも瑞宝小綬章の栄誉に浴しました。去る令和元年 12月13 日、瑞宝小綬章の伝達を受け、引き続き皇居に参内し、天皇陛下に拝謁の栄誉とともに温かいお言葉を賜り、感激の極みでありました。所属している日本精神科病院協会によりますと、令和元年秋の叙勲・褒章受章者として、瑞宝中綬章受章者に長瀬輝誼先生、瑞宝小綬章受章者として日精協会員5名が栄誉に浴していました。私も5名の内の一人でした。

 私は、昭和33年群馬大学医学部医学科を卒業し、インターン終了後、東京医科歯科大学神経精神科専攻生となり、同年7月に神奈川県立芹香病院に勤務して以来60年にわたり精神保健福祉に従事してきました。その間、昭和39年7 月から都立松沢病院に勤務、昭和52年東京都立衛生局医務部精神衛生課長、平成2年松沢病院副院長、平成 4年都立多摩総合精神保健福祉センター所長を歴任。東京都を退職後は、平成9年4 月から埼玉県松伏町に開設された「社会福祉法人東埼玉重症心身障がい児施設中川の郷」に3年勤務。平成12年4 月より特定医療法人財団良心会青梅成木台病院に勤務し、平成14年4 月同院管理者院長、平成21年1 月より同院理事長となり現在に至っています。

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 これまでの長年にわたる私の精神保健福祉への関与は、一貫して医療と福祉の連携、そして行政と民間医療の連携にあります。東京都衛生局医務部精神衛生課長の在任中は現在の精神科二次救急制度につながる精神科夜間休日救急体制の整備にあたり、東京精神病院協会や都立府中病院、国立武蔵療養所との調整を図りました。昭和53年11 月より夜間休日の精神科救急医療体制を発足、都を3つのブロックに分け、都立墨東、都立松沢病院を中心に展開しましたが、第3ブロック(多摩地域)は民間病院が交代制で担当しなければならず、民間病院の強い反論の中、度重なる交渉を重ね、体制発足から2年かけて都立府中病院に救急病床4床の確保を実現し、多摩地域の精神科医療の充実と協力民間病院の負担軽減を図ることが出来ました。平成元年10月にはそれまでの精神保健福祉への取り組みが評価され、読売新聞社から第18 回読売医療功労賞を受賞しました。その後は、多摩総合保健福祉センターの初代所長として平成3年4月のセンター開設に携わり、社会復帰を目指す精神障害者に対して、画一的な支援ではなく個人の病状や障害の程度の評価を行い、それに適合する基礎的なリハビリテーションのために、医療分野と福祉分野の連携を強化し、総合的な支援を可能とする施設及び体制を構築することに尽力してきました。

 そして平成12年4月、松沢病院在任中の恩師であった市場和男先生の推薦により、特定医療法人財団良心会青梅成木台病院に勤務することにないrました。平成15年5月には、当時手薄であった埼玉県飯能市南部の精神科医療の充実を図るためにショートケアを併設した診療所「あいクリニック」を開設。さらに長期入院患者の社会復帰活動支を目的に、平成17年12月には、飯能市内にグループホーム「キロロハイツ」。訪問介護「団栗」を開設。平成23年12月には青梅市内にもグループホーム「ブルーシャトー」を開設しました。また、院内においても既存のデイケア、訪問看護について段的に体制整備を図り、法人の広充と地域における精神科在宅医療の発展に力を注いできました。院長就任時には西多摩医療圏の急性期治療能を持つ病棟が無く、急速に病状が悪化した患者の受け入れを他の地域の医療機関に依頼するほかはありませんでした。そうした状況に対して当医療圏において精神科急性期治療機能が必要であることを病院の職員に訴え、協力を得てきました。開設当初より慢性期の,患者を多数受け入れてきた当院で、急性期患者の受け人れを開設するには様々な困難もありましたが、平成23年4月には西多摩医療圏初の精神科急性期治療病棟入院科の算定を開始するに至りました。その後も急性期治療の実績を重ね、東京都より「精神科救急広報病床確保事業」、平成25年1月より「西多摩医療圏認知症疾患医療センター」、平成26年4月「借置入院」等の事業を受託するなど政府機関との相互協力関係の中で西多摩医療圏における中心的な役割を担って気ました。最近では、精神患者の合併症医療についても積極的に取り組み、合併症患者の受け入れ可能な医療機関との連携を深めてきました。その一方で、東京精神科病院協会役員として、平成16年度より21年度まで理事、平成10年度より12年度及び平成24年度より平成28年度まで監事を務め、平成29年10月には厚生労働大臣賞を受賞しました。

 私自身は、松尺病院、多摩総合保健福祉センターや重症心身障害者施設に勤務し、約10年をおいて再び精神科病院で多くの職員とともに精神科臨床に従事するようになりました。病院の経営、人事などの管理的な仕事は自分にはとても無理であると考えることもありましたが、現在の病院に勤務して20年が過ぎました。最近の医療を取り巻く厳しい情勢の前で職責を果たしてきたとは言えないと思っています。可もなく、不可もなく馬齢を重ねてきただけかもしれません。それでも多くの先輩、同僚をはじめ関係各位のご尽力、ご支援があったことにより今回の瑞鳳小綬受賞の栄誉をいただくことが出来たと思っています。また、東京精神科病院協会役員としての任にあたっては、松村・山田・平川会長等のご指導、ご鞭撻を受けることが出来ましたこと、深く感謝します。

おわりに、私は論語に出てくる「七十にして心の欲するところに従いて、矩をこえず」をとうに過ぎ、あともう少しで「米寿」に達しようとしています。これからも精神障がい者本人やその家族の心情に寄り添い、医療と福祉、双方による精神障害の統合的な支援や、精神障がい者が地域で生活していくための体制構築に微力を尽くしていくことを念願しています。そして、今回の受賞は、青梅成木台病院の全職員の強力なご支援を頂いたことによるものであり、心から御礼を申し上げる次第です。

(令和2年3月記)

東京精神科病院協会誌 148 Autumn 2020掲載

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公衆衛生学研究への貢献により
令和元年春の紫綬褒章を受章して

 

東大大学院医学系研究科公共健康医学専攻精神保健学分野教授

川上憲人氏

 

 2020年4月29日付で令和2年春の紫綬褒章を受章いたしましたことを、遅ればせながら鉄門倶楽部の皆様にご報告申し上げます。身に余る光栄、望外の幸運と感じております。受章にあたってはその過程で、同僚、共同研究者を含め多くの方々の厚い支援をいただきました。この場をお借りして深く御礼を申し上げます。新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、令和2年春の受章に関しては伝達式も天皇陛下への拝謁も中止されました。お祝いの会も自粛するようにとの文書が文部科学省からきております。在宅勤務をしながら、静かに喜びを噛みしめております。

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 私自身は、1981年に岐阜大学医学部医学科を卒業し、ただちに東大大学院医学系研究科社会医学専攻隊学博士課程(公衆衛生学教室)に入学し、それ以来公衆衛生学の研究に従事してまいりました。中でも心の健康問題に関心を持ち、公衆衛生の精神保健学(Public Mental Health)という分野を専門とするようになりました。WHO世界精神保健調査国際共同研究を含む地域住民おける精神疾患の疫学研究に加えて、労働者における仕事の心理社会的要因(ストレス)が心身の健康に与える影響と、これを予防するための手法の開発と効果評価を主な研究領域としてきました。このたびの受章は、こうした公衆衛生学研究業績を評価いただけたものと理解しています。

 1955年に紫綬褒章が制定されてからこれまでにこの賞を受章した学者は、鉄門倶楽部の諸先輩を含めて450名余りおいでになります。しかしながら公衆衛生学と明記された受章は私を含めて二名しかおりません。私の大学院時代の指導教員であった小泉明東大名誉教授(故人)が1992年に受章されておいでで、これに次いで二人目が私になります。このことは、このたびの受章を私にとって一層特別なものにしてくれました。しかし一方で、公衆衛生学領域には優秀な教育研究者が数多くおいでになります。公衆衛生学領域の研究やその貢献が十分に認知されていないこともあると感じています。ます。私の受章が、公衆衛生学の教育・研究・社会貢献の発展のみならず、その認知度の向上につながることを期待しています。

 最も私自身これまでの40年の研究人生で、とりたてて大きな業績をあげたとは思っていません。ただ、本研究科の公衆衛生大学院(公共健康医学専攻)の教え子の一人がメールを送ってくれ、「社会の問題を学術的に意味のある研究課題として、プロフェッショナルかつ、クリエィティブに追及」したことにお祝いを言ってくれました。おそらくこれが、これまで私がやってきたこと、私にとっての公衆衛生学の本質だったのだと思います。

 2020年現在、新型コロナウイルス感染拡大が続く中、公衆衛生学が果たす役割はこれまで以上に大きいものになっています。公益社団法人日本産業衛生学会理事長として、国と協力しながら、全国の事業場における新型コロナウイルス感染症対策を支援するために努力してきました。感染防止以外にも、ポスト・コロナ時代に人々のつながりが難しくなる中で、心の健康問題が増加してくると予想されます。この課題にどう取り組むかも公衆衛生学の挑戦です。受章を契機に、公衆衛生の研究および人材育成を通じて社会に貢献するためになお一層頑張りたいと思います。末筆でございますが、鉄門倶楽部の皆様のご健康とご安全、そしてご活躍を心からお祈りしております。

令和2年9月10日発行

鉄門だより

 

 

 

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